• ホーム
  • 会社案内
  • 樋屋製薬の歴史・沿革
樋屋奇応丸イメージ樋屋奇応丸イメージ

樋屋製薬の歴史 沿革

  • 西暦742年 天平十四年
    唐へ渡った僧、栄叡と普照が、鑑真和上に仏教の戒律を伝えるよう渡日を要請
  • 西暦753年 天平勝宝五年
    鑑真和上、薩摩坊津の秋目に到着(六回目の試みにて渡日を達成)
  • 西暦1510年 永正七年
    奈良・東大寺所蔵の太鼓の中より、「奇応丸」の処方が書かれた文書が見つかる

  • 西暦1563年 永禄六年
    樋屋坂上(ひやさかのうえ)家、大坂・天満に移住
    ※現在の本社所在地
  • 西暦1622年創業 元和八年
    初代坂上忠兵衛、大坂・天満で「奇応丸」の創製を開始
  • 西暦1680年 延寶八年
    二代目忠兵衛(善右衛門)、大坂天満宮へご記帳台を寄進

    御記帳台の写真所蔵:大阪天満宮
  • 西暦1724年 享保九年
    享保の大火(妙知焼け)。樋屋家建物を焼失
  • 西暦1827年 天保八年
    天満与力、大塩平八郎の乱によって樋屋家建物を焼失

    大坂の炎上
    出典:出潮引汐奸賊聞集記/大坂の炎上

    九代目 樋屋坂上忠兵衛
    九代目 樋屋坂上忠兵衛
  • 西暦1897年 明治三十年
    三月、樋屋合資会社を設立(出資金八千円)
    膓胃全治「一道丸」を発売

    軒釣梅鉢看板
    ※合資会社時の軒釣り梅鉢看板
  • 西暦1912年 大正元年
    海外への販売拡張を開始
  • 西暦1916年 大正五年
    処方名を正式変更
    「奇応丸」から小児良薬「樋屋奇応丸」に
    (この申請の中に、金箔を新たに加える)

    大正5年ごろの写真写真:大正五年頃
  • 西暦1932年 昭和七年
    昭和天皇・大阪行幸にて、「樋屋奇応丸」が賜天覧の栄に浴す。
  • 西暦1938年 昭和十三年
    国策に順法し、「樋屋奇応丸」は金箔の使用を止め、銀丸に変更
  • 西暦1941年 昭和十六年
    上海に樋屋大薬廠、営業開始(昭和二十年閉鎖)
  • 西暦1943年 昭和十八年
    九月、樋屋合同会社を解散
    十一月、樋屋製薬株式会社を設立(資本金六十万円)
    十三代忠兵衛、取締役社長に就任
    十二月、強心剤「六神丸」を発売
  • 西暦1944年 昭和十九年
    満州樋屋製薬株式会社を設立(昭和二十年閉鎖)
  • 西暦1945年 昭和二十年
    六月、第二次世界大戦 大阪大空襲により、
    樋屋製薬の本社、工場、生産設備を失う
    (終戦後の、同年十二月に営業再開)

    空襲から10ヶ月後の京橋駅(1946年6月)写真:空襲から10ヶ月後の京橋駅(1946年6月)
    出典:『日本国有鉄道百年写真史』P303
    十二月、大阪家庭薬協会が設立
  • 西暦1960年 昭和三十五年
    CMソングABC賞を受賞
    「ヒヤ、ヒヤ、ヒヤの、ひや・きおーがん♪」
    ※CMソングの詳細はこちら

    十三代目樋屋坂上忠兵衛
    ※広告に力を入れた十三代目
  • 西暦1968年 昭和四十三年
    韓国、保寧製薬株式会社と技術提携を調印(平成九年提携終了)
  • 西暦1974年 昭和四十九年
    台湾に樋屋製薬股份有限公司を設立(平成十年閉鎖)
  • 西暦1985年 昭和六十年
    樋屋製薬販売株式会社を設立(資本金一億円)
  • 西暦1992年 平成四年
    大阪府大東市に、新工場および商品管理・配送センターを設立

    樋屋製薬 新工場/樋屋奇応丸 商品管理・配送センター
  • 西暦1994年 平成六年
    樋屋製薬販売株式会社から樋屋奇応丸株式会社に社名変更
  • 西暦1996年 平成八年
    本社新社屋が完成
    竣工式を行う
  • 西暦2009年 平成二十一年
    「ひやきおーがん糖衣」を発売
  • 西暦2011年 平成二十三年
    大幸薬品株式会社と業務提携開始(平成28年5月18日に契約満了)
  • 西暦2012年 平成二十四年
    二月、樋屋製薬(香港)有限公司を設立
    三月、創立390年を迎え、本社敷地内に大阪天満宮の分社と鳥居を建立
    合わせて鎮座祭を行う

    樋屋製薬神社
    四月、樋屋通商香港有限公司を設立
  • 西暦2022年 令和4年
    創業400周年を迎える。
現在に至る